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大阪地方裁判所 平成元年(ワ)7967号 判決 1992年3月31日

原告

山村喜久江こと北村喜久江

被告

和田有巨

主文

一  被告は、原告に対し、一三七万四三三八円及びこれに対する昭和五九年一二月一四日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二〇分し、その一九を原告の、その余を被告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、三〇四一万三七二〇円及びこれに対する昭和五九年一二月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

次の交通事故が発生した(以下、「本件事故」という。)。

(一) 日時 昭和五九年一二月一四日 午前八時五〇分ころ

(二) 場所 大阪市西淀川区佃一丁目一番五一号先通路上(国道二号線以下、「本件事故現場」という。)

(三) 加害車両 普通貨物自動車(登録番号、大阪四〇て五四四〇号、以下「被告車」という。)

右運転者 被告

右保有者 被告

(四) 被害車両 足踏自転車(以下、「原告車」という。)

右運転者 原告

(五) 態様 被告は被告車を運転し、本件事故現場の南北道路の東側に隣接するガソリンスタンド出入口に一時停止後、歩道及び自転車道を横断して右南北道路に、時速四ないし五キロメートルの速度で進入しようとしたところ、折から歩道上を南から北に向かつて進行してきた原告乗車の原告車に、被告車左前部を衝突させ、その衝撃により、原告を路上に転倒させた。

2  責任原因

(一) 運行供用者責任

被告は、本件事故当時、被告車を保有し、これを自己のために運行の用に供していたのであるから、自動車損害賠償保障法(以下、「自賠法」という。)三条に基づき、本件事故により原告に生じた損害を賠償する責任がある。

(二) 不法行為責任

被告は、歩道及び自転車道を横断して南北道路に進入するに際し、左右の安全を確認する注意義務があるにもかかわらず、左(南)から右(北)に通過した二輪自転車に気を奪われた結果、左(南)方の安全を確認することなく発進した過失により本件事故を発生させたものであるから被告には側方不注視の過失があるというべく、したがつて被告は民法七〇九条に基づき本件事故により原告に生じた損害を賠償する責任がある。

3  受傷内容、治療経過、後遺障害

(一) 原告は、本件事故により、頚椎捻挫等の傷害を負い、次のとおりの治療を受けた。

(1) 昭和五九年一二月一四日から昭和六一年一〇月五日まで二九六日間、千船病院へ入院した。

(2) 昭和六一年一〇月六日から同六二年二月二八日まで右病院へ通院した(通院実日数二四日)。

(二) 原告は、右のとおり入通院して治療を受けたにもかかわらず完治するに至らず、次のとおり後遺障害を残して昭和六二年二月二八日に症状固定となつた。

(1) 頭部外傷に基づく障害は「神経系統の機能又は精神に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの」であり、それは自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表第九級一〇号に該当する。

(2) 肩関節捻挫に基づく障害は「一上肢の三大関節中の一関節の機能に障害を残すもの」であり、それは同表第一二級六号に該当する。

以上を総合すると、重い障害の九級より一級上位の併合八級となる。

4  損害

(一) 休業損害 三三六万〇〇〇〇円

原告は、本件事故当時、主婦として稼働するとともにパート勤務をしていたから、一ケ月当り二一万円程度の収入を得ていたというべきところ、前記受傷のために一六ケ月間の休業を余儀なくされたから、その間合計三三六万円の休業損害を被つた。

(二) 後遺障害による逸失利益 一六五三万三七二〇円

前記のとおり原告には併合八級に該当する後遺障害が残り、そのため二二年間(ホフマン係数は一四・五八〇)にわたり、労働能力の四五パーセントを喪失したから、その間年五分の割合による中間利息を控除して逸失利益の現価を算出すると次のとおりとなる。

(算式)

210,000×12×0.45×14.580=16,533,720

(三) 慰謝料 合計一一二七万〇〇〇〇円

(1) 入通院分 三七七万〇〇〇〇円

(2) 後遺障害分 七五〇万〇〇〇〇円

(以上(一)ないし(三)の合計金額 三一一六万三七二〇円)

5  損害の填補

原告は、自賠責保険から七五万円の支払いを受けた。

6  結論

よつて、原告は、被告に対し、前記三〇四一万三七二〇円及びこれに対する不法行為発生の日である昭和五九年一二月一四日から支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び同2の事実はすべて認める。

2  同3の(一)は不知。

仮に、原告が本件事故により受傷したとしても、原告の傷病名は頚椎捻挫等とのことであるから、二二ケ月もの長期入院は本件事故と相当因果関係はない。

3  同3の(二)は争う。尚、自賠責保険における原告の後遺障害に対する認定等級は第一四級一〇号であつた。

4  同4の事実はすべて争う。

5  同5の事実は認める。

三  抗弁

1  心因的要因による減額

仮に、原告の身体に対する加害行為と発生した損害との間に相当因果関係がある場合において、その損害が加害行為のみによつて通常発生する程度、範囲を超えるものであつて、かつ、その損害の拡大について被害者の心因的要因が寄与しているときは、損害賠償額を定めるにつき民法七二二条二項を類推適用し、斟酌して減額することができる。

2  損益相殺

被告は、原告に対し、次のとおり合計三九二万四四〇〇円を支払つた。

<1> 治療費(千船病院へ直接支払う) 一四〇万〇〇〇〇円

<2> 休業損害 一三五万八〇〇〇円

<3> 雑費 一一万六四〇〇円

<4> 後遺障害分 七五万〇〇〇〇円

<5> 内金 三〇万〇〇〇〇円

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は否認する。

2  同2の事実は認める。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1(事故の発生)、及び同2(被告の責任)の各事実については、いずれも当事者間に争いがない。

二  ところで原告は、本件事故により、頚椎捻挫等の障害を被り、長期間の入通院治療を受けたが完治するに至らず併合八級の後遺障害を残したと主張するのに対し、被告は、原告の受傷の事実及びその治療の全部もしくは大部分は本件事故とは相当因果関係のないものとして争い、また後遺障害の残存、程度についても争うので、以下これらの点について判断する。

前記争いのない事実に、いずれも成立につき争いのない甲第一号証、第二号証の一ないし五四、第三号証の一ないし三、第四号証の一ないし三(但し、後記採用しない部分を除く)、乙第一ないし第二四号証、証人平山昭彦の証言及び原告の本人尋問の結果(但し、いずれも後記の採用しない部分を除く。)並びに弁論の全趣旨によれば次のとおり事実が認められ、甲第四号証の一ないし三の記載部分、右証言及び右原告本人尋問の結果中の右認定に反する部分は前掲各証拠に照らして採用し得ず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

1  本件事故の状況

(一)  本件事故は、被告が被告車を運転し、本件事故現場道路(南北道路、国道二号線)の東側に隣接する路外のガソリンスタンドから右道路へ出るため、右ガソリンスタンドの出入口に一時停止したとき、自転車道を南から北に向かつて通過する自転車に気を奪われて右方のみを見て左方の安全を確認することなく、東から西に向かつて時速約四ないし五キロメートルで発進し、停止地点から約〇・五メートル進行したところ、折から歩道上を南から北に向かつて(被告車の左方から)走行してきた原告運転の原告車の前輪右側と、自車の左前部とが衝突するに至り、被告は衝突と同時に初めて原告車に気付き直ちにブレーキをかけたけれども、被告車は右衝突地点から約〇・七メートル進行した地点において停止し、原告及び原告車は衝突地点から約二・二メートル東方の地点に転倒したものである。

(二)  原告車の速度は、南から北に向かつて少し下り坂になつているので、普通より少し早めの速度であつたが、本件事故現場道路は毎日通行するので現場付近には前記ガソリンスタンドがあり、よく車両の出入りがあることを知つていたので、現場付近ではブレーキをかけながら走行した。

事故当日の天候は曇りで、路面は乾燥しており、スリツプ痕は残つていなかつた。

(三)  本件事故による被告車の損傷状況は、フロントバンパー左前部の地上高約四〇センチメートルのところに擦過痕が認められる程度であり、原告車のそれは、前輪のフオーク及び泥除け支柱が曲損しており、小破程度であつた。

以上の認定事実によれば、原告は被告車との衝突の衝撃により自転車ごと路上に転倒したのであるから、身体に受けた衝撃が本件事故により受傷するはずがないほど軽微であつたとは断じがたいが、衝突時の被告車の速度は、発進直後でもあり、非常に低速度であつたこと、原告車の速度もブレーキをかけながらの足踏自転車としての速度であるから比較的低速度であつたこと、原告車及び原告が衝突の衝撃により転倒した地点は衝突地点から僅か約二・二メートルの距離にすぎず、跳ね飛ばされたわけではないこと、原告車の損傷状況は小破であり、被告車のそれは擦過痕程度であつたこと等を併せ考えれば、原告に与えた本件事故による衝撃はさほど大きいものではなかつたことがうかがえる。

2  受傷内容及び治療経過

(一)  千船病院における治療経過

(1) 原告は、本件事故当日の昭和五九年一二月一四日の午前九時一五分頃に大阪市西淀川区佃二丁目二番四五号所在の千船病院に行き、整形外科専門の有沢医師の診察を受けたが、その際、項部痛、肩関節痛、右手の脱力感右臀部痛、頭重感等を訴えたが、吐気やめまいはなかつた。

他覚所見は、後方及び左側への頚部運動制限、右大後頭神経圧痛、右僧帽筋圧痛、右腕神経叢圧痛、右肩関節運動痛、右ラセグ徴候陽性、右膝以下の知覚鈍麻が認められたが、頚椎、右肩、両股、左膝、左大腿、左下肢から足関節の各レントゲン検査の結果では異常所見は認められなかつた。

そこで、原告は一旦帰宅したが、同日の午後四時頃、頭痛の増強と嘔吐を訴えて再度来院し、脳神経外科専門の平山昭彦医師の診察をうけたところ、上肢二頭筋反射及び上肢三頭筋反射、手指運動、知覚、膝蓋腱反射、アキレス腱反射、股部・膝部・足部の運動については異常所見はなかつたものの、頭部CTスキヤンの検査結果によれば、頭蓋内血腫は認められなかつたが、脳浮腫が認められ、それが原因となつて頭蓋内圧亢進の可能性も認められることから右医師は入院の指示をだし、診断名は、頚椎捻挫、腰部捻挫、右肩関節捻挫、頭部外傷(脳浮腫)であつた。

(2) そして、原告は、同日から後述のとおりの治療経過を経て、昭和六一年一〇月五日迄約二二ケ月間(六六一日間)右病院に入院し、退院後現在に至るもまだ通院中である。

昭和六〇年二月一日のCTスキヤンの検査結果によれば、前記脳浮腫は消失しており、頭痛や嘔吐等の症状も相当軽快してきたことが伺えるのであるが、原告はその後も依然頭痛、頚部痛、四肢痛、臀部痛等を訴え、愁訴は多彩であり、同年三月六日の診療録記載によれば、原告は「どこを圧しても痛い。」などと訴える有様で、「訴えが明確でない。」との医師の意見が記載されている。

(3) 又、原告は、愁訴以外にも歩行障害もしくは歩行困難を訴えていたが、同年二月一四日の診療録記載によれば、股関節部に疼痛を訴えるも可動性は良好とあり、膝関節部にも異常はなく、膝蓋腱反射及びアキレス腱反射にも異常はないとあり、歩行困難を生じさせている器質的異常は認められないのであり、他方、坐位及び起立時に前屈位の不自然な、奇異な姿勢になることが記載されているのである。

平山医師の意見によれば、歩行困難の原因は疼痛及び姿勢にあり、精神的、心理的異常の関与は否定できないというものであつた。

治療内容については、内服・頓服・外用等の投薬(主として鎮痛剤)、注射、湿布等を行い、歩行困難については、昭和六〇年一月一〇日から機能訓練を開始し、同年二月二七日から理学療法士により姿勢の矯正を行わせ、度々整形外科医師の受診もさせるなど保存的療法を行い、また心因的要因の治療として心理検査を行うなどして相当長期間治療を継続したにもかかわらず、原告の愁訴及び歩行困難の訴えについては余り改善がみられず、回復は遅延した。

平山医師の意見によれば、原告に回復遅延に対する恐れのためか積極性に乏しい面が見受けられるということであり、治療に充分効果があがらないために、入院中の原告に次のとおり数ケ所の病院の各科へ検査を受けさせたり、転医をすすめたりした。

(二)  大阪労働衛生センター第一病院における治療経過

原告は、平山医師の紹介により、昭和六〇年七月三日、右病院の診療内科を受診し、奥村泰生医師の診察を受けたところ、「心因反応」(心に原因があつて症状が出ている。)と診断され、抑うつ的傾向が認められるとし、精神安定剤、睡眠導入剤の投与を受けた(乙第九号証、八、九ページ)。

(三)  長洲毛利耳鼻咽喉科における治療経過

原告は、依然、不定愁訴、耳鳴、難聴、めまいを訴えているので、昭和六〇年九月一四日、平山医師の紹介状(乙第一六号証、五ページ)を持参して右病院を受診したところ毛利純医師により「両側感音性難聴」と診断され、現在耳鼻科的治療は必要ないとの診断であつた(乙第九号証、五、六ページ)。尚、原告は聴力検査において意欲なく非協力的であつたため純音検査は不能であり、語音検査に少し反応する程度であり、将来聴力検査は慎重にしなければならないという意見が付記されており、果たして前記診断の前提としての聴力検査が信用されるに足りるものであるか否か疑問であり、仮にそれが正しいとしても格別治療を要しない程度のものであつた。

(四)  大阪大学医学部附属病院における治療経過

原告は、平山医師の紹介状を持参し、昭和六一年三月一四日、右病院の脳神経外科を受診し、越野兼二郎医師の診察を受けたところ、CTスキヤンに異常はないものの、原告の症状には外傷後の頚部症候群だけではなく精神病質も認められるとし、身振り表情が乏しく異様なものを感じることから右医師より院内の精神科に紹介がなされた。

原告が同科を受診したところ、井上医師より「仮性痴呆(ヒステリー性)」の印象を受けるとの診断がなされた(乙第一七号証、七ページ)。

又、原告は越野医師から院内の整形外科にも紹介がなされたので、同科を受診したところ、政田和洋医師は、従前の治療経過、原告の発言、臨床評価(腱反射、CTスキヤンともに異常なし等)を総合すると「心因性の要因」が最も大きいと診断し、胸椎レントゲン検査、筋電図、ミエログラフイー検査等を施行した後に心因性の方向へアプローチをすべきであるという回答であつた(乙第一三号証、一四、一五ページ)。

(五)  理学診療科病院における治療経過

その後、昭和六一年四月二三日、原告は平山医師の紹介により右病院を受診し、工藤寛医師の診察を受けたところ、原告の症状を外傷後愁訴と診断され、右医師より原告及び家族に転医入院を勧めたが、原告は同意しなかつた(乙第一三号証、一二ページ)。

(六)  高槻病院における治療経過

再度、原告は、同年五月一五日、右病院において工藤寛医師の診察及び検査を受けたところ、誘発反応検査(一種の筋電図)は正常であり、末梢神経伝導速度は左右共に正常であつたが、脳波検査では左側頭部に間欠的に棘波が認められ、電圧の高い不規則な異常波が認められた。

この時の診断名は「頭部外傷後遺症、うつ状態」であり、工藤医師は転医入院を説得したが、今回も原告は応じなかつた(乙第一三号証、一一ページ)。

(七)  北野病院における治療経過

原告は、千船病院に通院しながら北野病院脳外科にも通院したが、同病院の西岡医師によれば、昭和六二年一〇月一六日、「右不全後麻痺、言語障害」が認められるとの診断がなされてはいるものの、右障害を生じさせている器質的異常所見は認められていない。

(八)  主治医の平山医師の意見

平山医師は、原告の愁訴及び歩行困難の訴えにつき、右症状の少なくとも一部分はその程度において原告の「心理的異常状態(必ずしも恒常的でなくても)」に影響されている可能性があるとの意見を持ち、前記のとおり原告をいろいろな医療機関に通院させたり、検査を受けさせたりして、その診断内容や検査結果を参考にしながら保存治療もしくは対症療法を継続したところ、若干の改善は認められたものの、やはりはかばかしい改善とまではいかなかつたことから、医学的治療の限界も予想されるとし、原告の心理的不安を解消するための非医学的対策が将来必要となり得ることは否定しえないとの見解を抱くに至つた(甲第四号証の一ないし三)。

3  後遺障害

(一)  原告は、前記治療経過のとおりの治療を受けたものの完治するに至らず、昭和六二年二月二八日に症状は固定し、次のとおりの後遺障害が残存した旨の診断書が千船病院の平山昭彦医師により作成された(甲第三号証の一)。

自覚症状としては、頭痛、眼が飛び出しそうな感じ、項部・腰部・臀部・股関節部・肩部の疼痛があり、他覚症状としては、頚椎・腰椎の打圧痛、四肢に圧痛と運動痛、肩関節の可動域制限があるものの、ラセーグ徴候は陰性であり、股関節及び膝関節に可動域制限はなく、四肢腱反射に著変はなく、四肢筋萎縮は認められなかつた。

(二)  右障害につき、自賠責保険の認定は第一四級一〇号であつた。

三  以上認定事実に基づき、事故と相当因果関係にある治療期間、後遺障害の残存の有無及び程度、損害拡大への心因性の寄与の有無につき次のとおり判断する。

1  事故と相当因果関係にある治療期間

以上認定の事実に前記認定の事故による衝撃の程度をあわせ考えると、原告の症状は千船病院の初診時におけるCTスキヤン検査により脳浮腫は認められたものの、頭蓋内血腫はなかつたし、その他の他覚所見については各部位の圧痛、運動痛、知覚鈍麻等であつたから、脳浮腫が消失した昭和六〇年二月には消失したのであるから、その頃には頭痛や疼痛等の症状も相当軽快し、さらに入院安静を要するとしてももはや長期間にわたる必要はなく、以後多少の自覚症状が残存したとしても日常生活に復帰させたうえ適切な治療をほどこせば、長くとも脳浮腫が消失してから二、三ケ月以内には通常の生活に戻れるのが一般であると思われる。

しかるに、原告は以後も依然多彩な愁訴を訴えるとともに、歩行障害もしくは歩行困難を訴えたものの、股関節、膝関節、膝蓋腱反射、アキレス腱反射等の歩行困難を生じさせている器質的異常は認められず、歩行困難の原因は疼痛及び姿勢の悪さにあり、平山医師の指示により各種医療機関を受診し、検査を受けるなどした結果原告には心因的要因があることが指摘されており、そのために種々の神経症を引き起こし治療が遷延化し、約二二ケ月もの入院期間の終了日(昭和六一年一〇月五日)になつてようやく症状が固定するに至つたことが認められるのである。

従つて、原告の症状は本件事故による受傷を契機として原告の特異な性格等の心因的な要素が加わつて二次的に引き起こされた頭部外傷神経症であることが認められ、この神経症は畢竟本件事故による受傷を契機に出現したものであるから、右症状固定時期までは本件事故と相当因果関係があるものと認められる。

2  後遺障害の内容及び程度

前記認定事実に基づき原告の症状の推移をみるに、脳浮腫消失以後、単に愁訴を訴える以外にも、歩行困難、両側感音性難聴、右不全片麻痺、右片側知覚消失、異常脳波の出現、言語障害等の種々の内容の神経障害を引き起こしてその程度も重くなつており、障害の部位も拡大していることを考慮すれば、右障害は単に局部に神経症状を残した程度に止まらず、二次的な神経刺激や循環障害をも引き起こしているのであり、さらにこれらは情緒の障害や日常生活動作の不自由さにつながる程度にまで至つていることが認められることから、右障害の内容及び程度は自賠法施行令二条別表記載の第一二級一二号(局部に頑固な神経症状を残すもの)が相当であるといわざるをえない。

尚、原告に右肩関節部の機能障害が残存したか否かについて検討するのに、原告は初診時に右肩関節部の運動痛を訴えており、運動制限が認められたものの、レントゲン検査の結果に異常はなく、その他腫脹や変形等の他覚的所見もなかつたことから、右運動制限は疼痛のためと思われ、以後も、右肩関節部の機能障害をうかがわせる器質的異常所見はなく、又、肩部の疼痛は頭痛などに比して強くは訴えておらなかつたから、少なくとも脳浮腫が消失した頃までには軽快治癒し、主張のような後遺障害が残存したものとは認めがたい。

仮に疼痛等の神経症状が幾分残存していたとしても、それは前記認定の一二級一二号の後遺障害に含まれ、別個独立に評価すべき障害ではない。

3  心因性の寄与の有無

前記認定のとおり、主治医の平山医師の意見においても原告の症状には心因的要因が係わつていることを認めていること、その他聴力検査に協力しなかつたり、医師の転医指示にも従わなかつたなど原告の受診態度が非協力的であつたり積極性に乏しい面が見受けられること、受診した医療機関の心療内科、精神科を始め殆ど全ての医師において、心因反応、仮性痴呆(ヒステリー性)、うつ状態などいずれも心因的要因の寄与が大きい旨の診断をしていること等が認められるのである。

そして、前記1において認定したとおり、治療期間の著しい長期化、後遺障害の内容及び程度の悪化等によりもたらされた損害は、本件加害行為のみによつて通常発生する程度及び範囲を遥かに超えたものであるといわざるをえず、かつ、その損害の拡大については、前記のとおり原告の特異な性格及び態度等の心因的要因が寄与しているところ、その寄与度の割合は前記認定事実を総合すると五割と認めるのが相当である。

従つて、損害を公平に分担させるという損害賠償法の理念に照らし、民法七二二条の過失相殺の規定を類推適用して後記認定の損害額から五割を減ずるのが相当である。

四  損害

そこで損害について判断する。

1  休業損害 三〇三万一六〇〇円

前記認定事実に、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すれば、原告は昭和一六年一一月一〇日生れの本件事故当時満四三才の健康な主婦であり、パートタイマーとして清掃の仕事をするとともに家事労働にも従事していたから、本件事故さえなければ少なくとも原告の年齢に対応する昭和五九年度賃金センサス第一巻第一表・産業計・企業規模計・学歴計の四〇ないし四四才・女子労働者の平均賃金年額である二二七万三七〇〇円程度の収入を得ていたものと認めるのが相当であり、また本件事故と相当因果関係にある休業期間については前記認定のとおり症状固定日である昭和六一年一〇月五日までの約二二ケ月間は就労が不可能であつたと認めるのが相当であるところ、うち既に被告から支払われた約六ケ月分について請求除外し、残余の十六ケ月間について請求すると、次のとおりとなる。

(算式)

2,273,700÷12×16=3,031,600

2  後遺障害による逸失利益 一二六万一四七七円

原告は、前記認定の症状固定日である昭和六一年一〇月五日において満四四才の主婦であり、その稼働内容からすると、逸失利益算出の基礎収入はその年齢に対応する昭和六一年度賃金センサス第一巻第一表・産業計・企業規模計・学歴計の四〇ないし四四才・女子労働者の平均賃金年額である二五二万八〇〇〇円程度とするのが相当であるところ、前記認定の後遺障害の内容及び程度(一二級一二号)によれば、症状固定日から四年間にわたり、労働能力の一四パーセントを喪失したものと認めるのが相当であり、右数値を基礎にホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して逸失利益の現価を算出すると次のとおりとなる。

(算式)

2,528,000×0.14×3.5643=1,261,477

3  慰謝料 合計三一八万〇〇〇〇円

前記認定の原告の本件事故による受傷内容、事故と相当因果関係の認められる症状及び同治療期間中の治療状況に、前記認定のその他の事実並びに本件証拠上認められる諸般の事情を合わせ考慮すると、原告が本件事故によつて被つた肉体的・精神的苦痛に対する慰謝料は、傷害分として一三〇万円、後遺障害分として一八八万とするのが相当である。

(以上、損害合計額 七四七万三〇七七円)

五  寄与度減額

前記認定のとおり、原告の心因的要因の寄与度は五割と認められ、損害額から五割を減ずるのが相当であるところ、算出するに際しては、前記認定の損害合計額七四七万三〇七七円に、原告が請求を除外している治療費一四〇万円、休業損害一三五万八〇〇〇円、雑費一一万六四〇〇円の合計額二八七万四四〇〇円を加算した総合計額一〇三四万七四七七円から五割を減じて算出するのが相当であるから、結局、原告の被告に請求しうべき損害額は五一七万三七三八円となる。

六  損益相殺

被告から三九二万四四〇〇円の支払いがなされたことは当事者間に争いがないから、これを前記損害額に充当すると、残額は一二四万九三三八円となる。

七  弁護士費用

弁論の全趣旨によれば、原告が本訴の提起及び追行を原告訴訟代理人弁護士らに委任しその費用及び報酬の支払いを約していることが認められるところ、本件事案の内容、審理の経過、認容額等に照らすと、原告が被告に対して本件事故と相当因果関係にある損害として賠償を求めうる弁護士費用の額は、一二万五〇〇〇円と認めるのが相当である。

八  結論

よつて、原告の被告に対する本訴請求は、損害合計額に弁護士費用を加算した合計金額一三七万四三三八円、及びこれに対する本件不法行為の日である昭和五九年一二月一四日から支払い済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるからこれを認容し、その余の請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 阿部靜枝)

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